美学みたいなもの
最近、人と会話しているときに、自分の理想の特異を認識することが多い
どうやら「格好いい」というのが最優先している価値観のようだ
格好良くないものは排除したいし認めたくないらしい、格好良ければ多少の苦難が伴ってもいいんだぜ、という風らしい
そして、それは万人に共通している感覚だってわけじゃあないという事実にも結構驚いた
ほんま思うのですけれど、自分にとっての「価値あること」って数多くあるうちの中のほんの一握り、これを絶対だなんて思っていたらだめですよ、ってね
自分にとって価値有るものを、そうじゃない、なんて風にかえることはしたくないけれど、それ以外のことに価値をおいているひとはゴロゴロしているという事実、つまり人はみんなちがうんですよ、っていう事実をたまにでいいから思い出して生活できたらなって思ってます
週末、山に登る用の準備をしています
登山の雑誌をみていて「格好いい」って思ったので真似してみる事にしてみました(振り返ると、私のあらゆる新規行動がこの点を根源としているようです)
行動食(登山の途中で簡単にたべられるもの)として、ナッツやチョコ類を買ってきました
そして、これらをねnalgene のボトルにいれて持ち歩くのね
ボトルはもちろん本来の用途はドリンクの携帯
ジップロックなんかにこういう食べ物を入れて持ち歩くのは「よくやる手」なんだそうですが
このボトルで持ち歩くスタイルがいいなぁって思って、熱をもって友人に話したら「ははは、まぁ好きにすればいいんじゃない?」ですって
うん、私は私の格好良いという美への意識を信じます
もう一つ山の準備
前回登山した際、全て登山靴で行動して不自由を感じる感想があったので、行きと帰りは楽な履物がほしいと思っていたのでした
楽に履けるものといったらやはりサンダルでしょうか
crocs については、とても楽に履ける、という点について否定はできず候補の一つでしたが、如何せん普段履きを想定した際には「格好良さ」の観点からは落第点です
愛用されている方の気分を害すかもしれないのですが、crocs の登場が日本の服装的美意識を低下させたというのが私の意見です
まぁそれはいいとして、格好良さと履き心地の共存は予算的に困難と想定されたため、登山などの極限られたシーンでのみ使うと割り切ったうえで、とにかく楽ちんに履けるサンダルというのを探し求めることにしました
under1,000 円を条件に探しました
このご時世、パクリックス(crocs の粗悪品)みたいなのであれば色々あるのですが、どうも元々好印象でないcrocs のしかもパクリ商品を勇んで買う気にはなれない、、、(ってかアレって意匠的に問題ないんですかね?ゴロゴロしてますけれど)
ただ、ああいう素材で楽に履けそうなのがいいなぁ、なんて感じで色々お店を探していて見つけたのが、これ
ホーキンスのもので800 円ほどで叩き売られてました
結局、どことなく某アウトドアブランドK のY をパクっているような、いやいやまったく似てないような…
まぁまぁ、予算内ですんだし、ヨシとしましょう
さて、明日の夜に出発予定ですが、準備が全然できていないですからこまったなぁ
もう一点
サッカー選手の松田直樹さんの訃報
多くの人と同じく「若いのに」というのが第一の感想です
私はかつてサッカーをやっていた時期があって、その時に好きだったのがマリノスでした
なんとなく濃いブルーのチームカラーが格好良く見えたのでしょうね、幼少期の私には
時期としては、J 開幕後の極初期の時代、木村や井原、松永、ディアス、なんて選手のいた頃が最も興味熱があったもので、松田さんが全盛期として活躍した時代とはちょっとずれているのかな
でも、松田さんはとても「格好いい」という印象の選手の筆頭でした
プレーも素晴らしいのですが、如何せん、私の最重要点はそこなものでねぇ
最近では、WC すらまともに見ない私で、人がなくなってから急に興味がありましたとかファンでしたとかいう姿勢は、スマートでないなぁとも思うのですが書いておきたかった
経年と共にます、人の命が有限であることを受け入れる感覚
なかなか難しいというかなんというか、実行に移しにくいことではあるのですが、自分が誰かに対して抱いているポジティブな気持はしっかりと伝えておいたほうがいいなって思っています
「好き」とか「ありがとう」とか「大切だ」とか
きっついいいかたではあるかもしれないが、なくなってからのコメントは何をいってもただの自慰行為ですからね、これが悪いかどうかは何とも結論出せませんが
兎に角、ある人に対して本当に伝えたい気持があるのならば、伝えてあげるのがいいんだよね、たぶん間違いない、これは
さて、個人のご冥福をお祈りし、今日の日記はおしまい